『The Rising』と分断の時代──スプリングスティーンが託した祈り

入道雲を見上げるクマ
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9.11から始まった物語

2002年に発表されたアルバム『The Rising』は、9.11同時多発テロの直後に生まれた。

炎に立ち向かった消防士や、その家族、そして都市に生きる人々の視点を取り入れながら、喪失と希望を同時に描いた作品である。

ブルース・スプリングスティーンは、悲劇に沈むアメリカ社会に向けて「立ち上がれ」「再び歩き出そう」と呼びかける祈りを音楽に託した。

トランプ政権下の分断

それから15年以上が経ち、アメリカは再び大きな危機に直面した。

トランプ政権のもとで移民政策は強硬になり、社会は分断を深めた。

「フェイクニュース」という言葉が飛び交い、SNSの言説は怒りや対立に満ちた。

2020年にはジョージ・フロイド事件を契機にBLM運動が全米に広がり、さらに2021年1月には連邦議会議事堂襲撃という衝撃的な事件も起きた。

この時代、人々は「怒りではなく共感」を求めていた。そしてそこに、かつての『The Rising』が再び響いたのである。

曲ごとの共鳴

Into the Fire

犠牲となった消防士への鎮魂歌であるが、パンデミック下で命をかけて働いた医療従事者や、暴力の犠牲となった人々の姿と重なった。

「愛と信念を胸に、火の中へ歩み出す」という言葉は、分断の時代を支えた無名の人々に寄り添うメッセージとなった。

Empty Sky

「空が空っぽになった」という喪失の歌詞は、9.11の体験を超えて、将来が見えなくなった現代の不安に響いた。

政治的不信や社会的な亀裂に直面する中で、人々は再び「見えない未来」を感じ取っていた。

My City of Ruins

もともとはアスベリー・パーク再生のために書かれた歌で、9.11後に「ニューヨークへの祈り」として歌われた。

「Rise up!」という呼びかけは、デトロイトの荒廃やシャーロッツビルでの暴力事件、さらにはコロナ禍に揺れる都市に対しても響いた。

怒りを超えて、立ち上がるための言葉として受け止められたのだ。

スプリングスティーンの姿勢

ブルースはトランプ政権を繰り返し批判してきた。

「アメリカを再び偉大に」という言葉の裏で、人々は分断され、希望を失いかけていた。

そんな時、彼はラジオ番組「From My Home to Yours」で『The Rising』を流し、「この時代に必要なのは怒りではなく共感だ」と語った。

終わりに──普遍性としての祈り

『The Rising』は9.11直後のアルバムとして誕生したが、その本質は「傷ついた社会が立ち上がるための祈り」である。

だからこそ、分断の時代に再び沁みたのだ。

スプリングスティーンの音楽は、特定の出来事を超えて「人間が再び歩き出すための歌」として生き続けている。

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