ブルース・スプリングスティーンの曲には、時代の影と光が折り重なっている。
なかでも「Land of Hope and Dreams」を聴くと、ただのロック・アンセムを超えた「祈り」として胸に届く。
高齢化社会、移民問題、行き過ぎたナショナリズムの台頭──そんな現実を前にすると、理想を歌う言葉は綺麗事に聞こえるかもしれない。
「列車には誰もが乗れる」なんて、本当に可能なのかと。
けれど、この曲の調べに身を委ねていると、理屈を超えて涙ぐんでしまう瞬間がある。
それは現実を無視する弱さではなく、理想を信じ続ける強さだと思う。
ブルースが歌うとき、そこには現実への洞察と、なお消えない希望が同居している。
僕らは知っている。社会は不公平で、列車の席には優劣もある。
それでも「誰もが列車に乗れる世界」を夢見て歌い続けるブルースの姿勢に、力をもらう。
ひねくれて構えてしまう自分もいる。
だが、素直に感動することをためらう必要はない。
音楽の前では、まっすぐでいい。
それが「Land of Hope and Dreams」を聴く理由だ。
そして、今この時代にこそ聴く意味があるのだと思う。
Land of Hope and Dreams 意訳
列車が走り出す──そこはただの列車ではなく、夢と希望を積み込んだ特別な列車だ。
そこには、勝者も敗者も、罪人も聖人も、金持ちも貧しい者も、すべてが一緒に乗り込むことができる。
行き場をなくした人、居場所を見つけられなかった人、誰もがその列車に受け入れられる。
この列車は単なる鉄道ではなく、希望に満ちた新しい世界へのメタファー。
人は皆、それぞれの過去や傷や挫折を背負っているけれど、この列車に乗れば未来はまだ変えられる。
愛する人と一緒に夢を見ることもできるし、ひとりきりでも前へ進む勇気を与えてくれる。
駅のホームでは、人生の重荷に押しつぶされそうになった人々が、この列車に最後の望みを託して待っている。
列車が向かう先は、冷たく閉ざされた世界ではなく、「希望と夢の大地」。
そこでは、信念や愛や人と人とのつながりが、すべての人を支える力になる。
「さあ、乗り込め」──
ブルースは、誰一人拒絶されない世界の象徴としてこの列車を描いている。
それは現実にはまだ存在しないかもしれないが、夢見て信じ続けることで初めてたどり着ける場所なのだ。
この曲は、ゴスペルやアメリカの鉄道文化に根ざした比喩を使いながら、
「誰もが居場所を持てる未来を一緒に作ろう」という祈りのような歌です。
希望を失った人をも抱きとめる優しさと、列車が走り抜ける力強さが同居しています。
エピローグ
ニューヨーク映画祭にて2025年9月28日、第63回ニューヨーク映画祭で「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」がプレミア上映された。
その夜、一人でステージに立ったスプリングスティーンは、穏やかな声で観客に語りかけた。
「最近、自分たちが今、こういった極めて危険な時代を生きているという事実を、日々の出来事が、私たちに思い出させてくれます。私はこれまでずっと、いわばアメリカの音楽大使として世界中を旅してきました。しばしば私たちが理想からかけ離れているというアメリカの現実との距離を測ろうとしてきたのです。しかし、多くの人にとって、アメリカは恐怖や分断、政府の検閲や憎悪の国ではなく、希望と夢の国であり続けているのです」
そして、ギター1本でサプライズ演奏したのが─
「Land of Hope and Dreams」だった。
「極めて危険な時代」を前にして、彼はやはりこの歌を選んだ。
一人で、ギター1本で、最もシンプルな形で。装飾を全て剥ぎ取り、メッセージだけを届けた。
列車は、今も走り続けている。
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